兵庫県

  • 2016.4.3

概要

兵庫県は本州の中西部、近畿地方に属する県で県庁所在地は神戸市です。
県の面積は8,400.96km2で、近畿地方では最大の面積を有しています。
北は日本海、南は瀬戸内海の二つの海に面しています。
本州の末端県である青森県、山口県以外で複数の海に面する県は兵庫県だけです。
県域は南北に長く、中央に日本の標準時子午線(東経135度)が通過しています。また、中央部には中国山地がつらなっています。

県名の兵庫は、古くから国際貿易港として発展してきた神戸港の名が由来です。

県の人口は約553万人で、そのうち約150万人が県庁所在地の神戸市に住んでいます。
県の人口は国内7位、神戸市の大都市人口は6位です。

県のシンボルは、花はノジギク、木はクスノキ、鳥はコウノトリです。
兵庫県は県民の日を設定していませんが、神戸市は12月7日を神戸港開港記念日に設定しています。

県公認のマスコットキャラクターは「はばタン」です。
はばタンは、阪神淡路大震災による甚大な被害を受けた兵庫が復興する不死鳥をイメージした黄色い鳥のキャラクターです。
「兵庫の元気」を全国にPRする活動を行っています。

県域は、神戸、姫路、但馬、淡路のよ地域単位で分けられることが多いです。地域によって文化や環境が異なります。
兵庫県より県庁所在地である神戸市のほうが、知名度が高いのも特徴です。
神戸の大都会を抱える一方、過疎地も多く抱えている兵庫は、日本の縮図に見られることもあります。

神戸は、日本を代表する港町であり、大都市の中心地の一つに数えられます。
都市化だけでなく、六甲山と海に面することから、自然豊かな独特の風情を醸し出しています。
神戸と言えば、西洋文化、ファッション、スイーツ、神戸港、パンなどが有名です。
また、隣の西宮市には、高校野球の聖地である甲子園があります。
他にも阪神タイガーズ、ヴィッセル神戸、神戸製鋼ラグビーチームなどのスポーツチームの本拠地でもあり、スポーツが盛んな県です。

特産品には、全国的に高級ブランド牛として知られる神戸牛をはじめ、但馬牛、出石そば、播州素麺、明石だこ、明石焼、スイーツなどが知られています。
また、日本酒の製造が盛んで、日本酒製造量日本一を誇り、灘地区は日本三大銘醸地の1つに数えられています。

歴史

成り立ち

現在の県域は、令制国では「摂津国」「播磨国」「丹波国」「但馬国」「淡路国」の5つの国と、「美作国」と「備前国」の一部の地域を含んでいます。
この国の数は、北海道を除いて最も多い数を有しています。

平安時代よりずっと前の遺跡が県内各地から発見されています。
古い時代より、農耕がはじまり、各地を豪族が支配していたと考えられています。
平安時代には、瀬戸内海を往来する船の寄港地として「大輪田の泊」という港が作られました。
当時の中国との貿易拠点として、平清盛(たいらのきよもり)が大規模に修築したと言われています。
鎌倉時代に入り、「大輪田の泊」の名から「兵庫津」という名で呼ばれるようになります。
鎌倉幕府は、守護や地頭を置いて県内各地を支配しました。
室町時代には、足利義満(あしかがよしみつ)が中国との貿易を開始し、兵庫の港は国際貿易港として発展します。
この頃から農業、漁業の他に、製塩、酒造、製糸、鉄、銅など、様々な産業が盛んに行われていました。
戦国時代には、度々戦乱に見舞われ、足利尊氏(あしかが たかうじ)、楠木正成(くすのき まさしげ)、新田義貞(にった よしさだ)、豊臣秀吉(とよとみひでよし)、明智光秀(あけちみつひで)などが県域で戦いました。
また、池田信輝(いけだのぶてる)が兵庫城を築城したことで、城下町としても繁栄していきました。
その城下町は、江戸時代に入ると整備され、池田輝政(いけだてるまさ)によって姫路城が修復されます。
江戸時代に入ると、工楽松右衛門(くらく まつえもん)や高田屋嘉兵衛(たかだや かへえ)、北風荘右衛門(きたかぜ そうえもん)という大商人、今でいう実業家が生まれました。
明治時代に入ると、海岸部には大きな工業地帯が広がります。
県内で発掘された古墳の数は日本一、遺跡は日本二位を誇り、古くより人々の営みがされていた街が兵庫です。

歴史的人物ゆかりの地

『鶴林寺(かくりんじ)』加古川市

589年に聖徳太子が建立したお寺です。
平安時代建築の太子堂をはじめ、多くの文化財を有しています。
「西の法隆寺」と呼ばれることもあり、県内有数の古寺です。
境内では、聖徳太子にちなんだキャラクター「聖太(しょうた)くん」のストラップなどが販売されています。
お寺の周囲は
お寺を囲むように周囲三方が鶴林寺公園として整備されています。

『姫路城(ひめじじょう)』姫路市

江戸時代に建てられたお城ですが、そのはじまりには二つの説があります。
一つは赤松貞範(あかまつ さだのり)によって建てられたという説、もう一つは黒田重隆(くろだ しげたか)によって建てられたという説です。
姫路市では赤松貞範によって築城されたとしています。
その後、1601年に池田輝政(いけだてるまさ)によって大改築されました。
現在は、世界遺産に登録され、国内外から多くの観光客が訪れています。

『柏原陣屋(かいばらじんや)』丹波市

1713年に当時の柏原藩の藩庁である陣屋跡です。
柏原藩は1598年に、織田信長の弟である織田信包(おだ のぶかね)によって開かれました。

『清盛塚(きよもりづか)』神戸市

高さ8.5メートルの十三重の石の塔とうで出来ている、平清盛(たいらのきよもり)を供養するための供養塔です。
石には1286年2月と刻まれています。
清盛のお墓は、現在もどこにあるのかわかっていませんが、1181年に京都で亡くなり、骨は兵庫に持ち帰ったという話が「平家物語」に書かれています。
1972年に製作された銅像が並んでいます。

史跡/碑

『明石藩舞子台場跡(あかしはんまいこだいばあと)』神戸市

1863年に築造された砲台跡です。
徳川 家茂(とくがわいえもち)の命により松平 慶憲(まつだいらよしのり)が築造しました。
設計や指揮は、勝海舟(かつかいしゅう)が行いました。

『徳島藩松帆台場跡(とくしまはんまつほだいばあと)』淡路市

1858年~1861年にかけて徳川 家茂(とくがわいえもち)の命により、徳島藩が築造した砲台跡です。
瀬戸内海の海上交通の要衝であった明石海峡の防備を目的に作られたと言われています。
砲台は一度も使われることなく、現在に至っています。
現在は、神戸製鋼の保養所の敷地です。

歴史的建造物

『海神社(わたつみじんじゃ)』神戸市

神功皇后(じんぐうこうごう)が、綿津見三神を祀ると暴風雨がおさまることから、この地で綿津見三神を祀る社殿を建てたのがはじまりの古社です。
別名「衣財田大明神(えたからだだいみょうじん)」とも呼ばれ、万葉集にも登場しています。

『粒坐天照神社(いいぼにますあまてらすじんじゃ)』たつの市

594年に創建された古社です。
境内からは弥生式土器が出土し、また近くには西宮山古墳等があります。
古代より神社で祭祀が行われていたと考えられています。

『伊和神社(いわじんじゃ)』宍粟市

創建は不明ですが、おそらく350年ごろだと言われています。
※海神社、伊和神社、粒坐天照神社は「播磨三大社」と言われています。

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