長野県

  • 2016.9.28

概要

長野県は本州の中央内陸部にあり、海に面していない県です。
県庁所在地は長野市で、冬季オリンピック開催地として世界的に知られた県です。
かつて「信濃国」であった長野は「信州」と呼ばれることもあります。

県の面積は13,562.23km2で、東西に短く南北に長い地形です。
北海道を除き、岩手、福島に続く広い面積を有していますが、大規模な山岳地帯が多く、可住面積は少ないです。

海に面していないので、周囲は他の県と陸続きで接しています。
しかし、標高の高い山が県境に立ちふさがっている場所が多くあります。
例えば、富山県との間には北アルプスがあり、陸続きであっても徒歩で行き来することが出来ず、このような場所が多数あります。

県の北西は飛騨山脈、南東は赤石山脈があり、その間には伊那谷盆地、松本盆地、佐久盆地、長野盆地が形成されています。
標高2千~3千メートルの山々が連なり、長野の山は「日本の屋根」と呼ばれることもあります。また、水源も豊富で、天竜川、木曽川、千曲川など、数多くの川が県内を流れています。
県の大半は内陸性中央高地気候に属しますが、北部は日本海側気候に属します。
また県の南半分は伊豆諸島や小笠原諸島よりも南に位置し、県の北は福島県いわき市とほぼ同じ緯度にあります。
同じ県内でありながら、気候も異なり、自然が豊かな県です。

県内の大部分は、乾燥した地域で、乾燥した空気を活用した産業が発達しています。
明治から昭和にかけては、生糸産業が発達しました。
諏訪地域では、精密機械や電子産業が盛んで、高級時計の本場スイスにもじって「東洋のスイス」「時計の街」と言われたこともあります。
食品では、良質な水源を利用した日本酒やワイン、味噌、飲料などの食料品製造業が盛んです。
県内の農業では、そばやリンゴ、高野豆腐、高原野菜が栽培されています。
中でも、県内で加工されたそばは「信州そば」として、全国的に知られています

自然豊かな県内には、国立公園が5か所(中部山岳国立公園、妙高戸隠連山国立公園、上信越高原国立公園、秩父多摩甲斐国立公園、南アルプス国立公園)、国定公園が3か所(八ヶ岳中信高原国定公園、天竜奥三河国定公園、妙義荒船佐久高原国定公園)、国営公園が1か所(国営アルプスあづみの公園)ある他、県立公園が6か所(中央アルプス県立自然公園、御岳県立自然公園、三峰川水系県立自然公園、塩嶺王城県立自然公園、聖山高原県立自然公園、天竜小渋水系県立自然公園)あります。

歴史

成り立ち

県内では、旧石器時代の遺跡がいくつか発掘され、当時から人類の暮らしが営まれていたことがわかっています。

現在の県域は、令制国の「信濃国(しなのこく)」にほぼ相当します。
現在も信濃が由来の「信州(しんしゅう)」と呼ばれることが多くあります。

704年には、信濃国の印が作られており、公的な文書に信濃の文字が使用されています。
938年、信濃国分寺付近で平将門が戦い、国分寺が焼失したと伝えられています。
1333年、鎌倉幕府が滅亡したのち北条時行 (ほうじょうときゆき) が北条氏再興を図りました。
1592年には、石川数正(いしかわかずまさ)による松本城が開始されました。
その後も幾度か戦や飢餓に見舞われたのち、1783年に浅間山が大噴火し、甚大な被害を受けます。
明治時代の府藩県三治制導入では、信濃国の旗本領・幕府領が伊那県でした。
その後、伊那県の一部が中野県として分立したのち、1871年に善光寺領を編入したことを機に、県庁が長野に移転し「長野県」が発足しました。

歴史的人物ゆかりの地

『松本城(まつもとじょう)』松本市

1504~1520年に、信濃国の守護家であった小笠原氏が築城したお城です。
現存する五重六階の天守の中で日本最古のお城です。
石川氏、小笠原氏、戸田氏、松平氏、堀田氏、水野氏などが藩主を務めました。
松本城最後の藩主は戸田光則(とだみつのり)でした。
現在は、公園として整備されています。

『上田城(うえだじょう)跡』上田市

1583年に真田昌幸(さなだまさゆき)により築城されたお城です。
「上田合戦」と呼ばれる戦が有名で、この地で徳川軍の攻撃を撃退しました。
東虎口門の内部には、真田家、仙石家、松平家の史料が展示されています。
本丸跡には、「眞田神社」があり、築城した真田昌行、真田幸村(さなだゆきむら)、松平家など、歴代藩主が祀れています。

現在は「上田城跡公園」として、多くの観光客や市民でにぎわっています。

『真田宝物館(さなだほうもつかん)』長野市

真田家初代藩主、真田信之(さなだのぶゆき)をはじめとする、歴代藩主ゆかりの建物や品々を見ることが出来ます。
武田信玄・豊臣秀吉・石田三成・徳川家康らの書状など、貴重な資料が展示されています。

史跡/碑

『大将陣跡(たいしょうじんあと)』飯山市

標高681mの富倉峠(とみくらとうげ)の峠の近くにある史跡で、川中島の戦いで上杉謙信(うえすぎけんしん)が陣を張った場所と言われています。

『三太刀七太刀之跡(みたちななたちのあと)の碑』長野市

上杉謙信(うえすぎけんしん)と武田信玄(たけだしんげん)が一騎打ちした場所と伝えられています。

歴史的建造物

『善光寺(ぜんこうじ)』長野市

長野県を代表する観光スポットの一つのお寺です。
ご本尊の阿弥陀如来像は、インドから日本に伝えられた日本最古の仏像と言われています。

『奈良井宿(ならいじゅく)』塩尻市

江戸時代に重要な街道の一つであった中山道沿いにあった宿場町の一つで町・中町・下町の3つの街区から構成されています。
宿場町としてにぎわいを見せた当時の街並みが残っています。

『旧開智学校(きゅうかいちがっこう)』松本市

1873年に開校された擬洋風小学校建築です。
現在は教育博物館として資料が展示されています。

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