奈良県

  • 2016.4.4

概要

奈良県は、紀伊半島の内陸部に位置し、近畿地方に属する県で、県庁所在地は奈良市です。
面積は3,690.94km2で、全国で8番目に狭い面積です。
県の北西に奈良盆地、北東に大和高原が広がります。奈良盆地と大和高原以外は、八経ヶ岳(八剣山)などの山々が連なり、人口約137万人の9割以上が奈良盆地に暮らしています。
奈良は、可住地面積が全国で最も少なく、最下位です。

県のシンボルは花はナラヤエザクラ、木はスギ、鳥はコマドリ、魚は金魚、アユ、アマゴです。
県公認のマスコットキャラクターは「せんとくん」です。
せんとくんは鹿の角が生えた童子の姿をしている男の子です。
「キモキャラ」として、全国的に知られたキャラクターです。
県域は北部、南部で区分されることが多いです。
人口が集中する奈良盆地は、奈良県の中央から北西部にあり、大阪との距離が近いことから、近年は大阪や京都のベットタウンとしても注目されています。
県民の8分の1が大坂や京都に通勤、通学をしていて、現在は盆地外周の丘陵地にもニュータウンが開発されています。
大和高原は、県の東部に位置し、名阪国道沿いに工業地帯が広がっています。
県の3分の2の面積を占める吉野地区は、森林地帯で、世界遺産の大峯奥駈道と熊野古道もあり、観光業が発達しています。

県内の産業は、農業ではスイカやイチゴ、柿などの果物の他、お茶の産地として知られています。
また、奈良市を中心に製造されている墨、筆、生駒市を中心に製造されている茶筅は奈良の名産品です。
特に墨は全国95%のシェアを誇ります。
また、素麺の四大産地、手延べ素麺の三大産地に数えられていて、県で製造されている三輪素麺は全国的に知られています。
山間部では、林業が盛んで「吉野杉」は奈良のブランドとして有名です。

観光産業も発達し、年間奈良に訪れる観光客の数は約4千万人にもなります。
ただ、観光客に対する宿泊施設の数が少なく、殆どの観光客が近郊の京都や大阪に宿泊し、奈良には日帰りで訪れています。
そのため県では、ホテル誘致を積極的に推進しています。

歴史

成り立ち

現在の天皇家の祖であるとされる古代国家、ヤマト王権成立の地として知られる奈良県。
ヤマト王権時代には、この地域の豪族が力を強め、日本地域の大半を支配する大勢力であったと考えらています。
県内には宮内庁比定の天皇陵などが多く残り、現在の天皇家の祖であるとされています。

令制国時代は「大和国」に属します。
大和国は、「大倭国」「倭」とも表記されることがあります。

平安時代は源頼親(みなもとのよりちか)の本拠地となり、この地域の豪族は大きな力を持っていました。
戦国時代に入ると、赤沢朝経(あかざわ ともつね)、木沢長政(きざわながまさ)、松永久秀(まつながひさひで)など、他国の支配を受けるようになります。
後に織田信長の力をかりた筒井順慶(つついじゅんけい)が大和国を制します。
江戸時代には、奈良奉行、五条代官、惣年寄を幕府か直轄に支配していました。
大和南部の山域は、五條代官所管轄の幕府直轄地でした。
政府は1868年に大和鎮台を設置した後、同年に奈良府となります。
1869年に奈良府が奈良県に改称されました。
明治中期は、大阪府に編入されてしまいますが1887年に再び大阪より分割し、奈良県が再び設置されました。

歴史的人物ゆかりの地

『多聞山城(たもんやまじょう)』奈良市

1560年、松永久秀(まつながひさひで)によって築城された、松永氏の居城だったお城です。
後に明智光秀、次いで柴田勝家なども城主となったお城です。
現在の多聞山城の跡地には、当時を思い起こさせるものはほとんど残っていません。
隣接して仁正皇太后陵があります。

『平城宮(へいじょうきょう跡』

奈良時代の日本の首都、平城京の宮城(みやしろ)跡地です。
708年元明天皇により遷都された後、紆余局積がありながら784年に長岡京に遷都されるまで政治の中心地でした。

史跡/碑

『纒向古墳群(まきむくこふんぐん)』桜井市

古墳時代前期初頭の古墳群です。
卑弥呼の墓ではないかという説を唱える研究者もいますが、定かではありません。

『柳本古墳群(やなぎもとこふんぐん)』天理市

古墳時代前期の古墳群で、南に纏向古墳群があります。
基の巨大古墳とその周囲の中・小形前方後円墳からなっています。

『平城京左京三条二坊宮跡庭園(へいじょうきょうさきょうさんじょうにぼうみやあとていえん)』奈良市

かつての平城京における庭園の遺構です。
奈良時代の庭園遺跡として、貴重な文化財とされています。

歴史的建造物

『松尾寺(まつおでら)』舞鶴市

718年に天武天皇の皇子である舎人親王が建立したお寺で、日本最古の厄除け霊場と言われています。

『薬師寺(やくしじ)』

680年、天武天皇の発願により現在の橿原市に造営が開始されたお寺です。
その後持統天皇、文武天皇に至るまで増築されて完成しました。
710年に現在の地に移されました。

『法隆寺(ほうりゅうじ)』生駒郡

601年、聖徳太子がこの地に移りすみ、宮室を建造したのが法隆寺のはじまりとされています。
古来には「斑鳩寺(いかるがでら)」と呼ばれていました。
古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院です。
西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群です。

『秋篠寺(あきしのでら)』奈良市

780年頃、光仁天皇の勅願によって建立されたとされるお寺です。
天皇家とも関連の深い寺院として知られています。

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