山口県

  • 2016.4.17

概要

山口県は、本州最西端に位置し、中国地方に属する県です。
県庁所在地は山口市です。
面積は6,112.30km2で、県域の大半は山陰地方に含まれています。
東側を除く三方を海に囲まれ、その中央部を中国山地がそびえています。
山あいや沿岸部に小規模な平野や盆地が分散しています。
東西に長い県域のため、沿岸部と内陸部の気候には大きな違いがあります。

山口県の特徴は、県庁所在地である山口市より、経済規模の大きい市がいくつか存在し、山口市の求心力が低いのが特徴です。
県西部の下関市は福岡県北九州市との繋がりが深く、県東部の岩国市は広島県との繋がりが深いです。

人口は約140万人を有しています。
県のシンボルは花は夏みかん、木はアカマツ、鳥はナベヅル、魚はフグ、獣は本州シカです。
県公認のマスコットキャラクターは「ちょるる」です。
ちょるるは、県にそびえる山をイメージし、頭は山、顔は口の形をして「山口」を表現した妖精のキャラクターです。
名前は、山口の方言「ちょる」に由来します。
ちょるるは県の魅力をアピールする活動を行っています。

山口県は、令制国時代には「長門国」「周防国」に相当することから、現在も「防長」と呼ばれることがあります。
また、江戸時代に存在していた藩「長州藩」の名前から「長州」と呼ばれることもあります。

産業は、瀬戸内海に面する地域は工業、流通業が発展し、瀬戸内工業地帯となっています。
工業では、重化学コンビナート、自動車産業などがあります。
また、日本海側に面する地域は、漁業、農業、観光業が中心です。
美祢市では、現在も石灰石の採掘が行われ、セメント製造企業が集中しています。
県東部には石油精製コンビナートや化学製品製造の工場が立ち並んでいます。
農業では、山口発祥の野菜であるはなっこりーやレンコンが有名です。
特にレンコンは岩国市を中心に栽培され、通常のレンコンの穴が8個なのに対し、9個の穴があるのが特徴で「岩国レンコン」のブランド名がつけられています。
漁業は、日本海側地域が盛んで、フグやアジ、イカなどの水揚げがあります。
中でも県の魚に指定されているフグは、下関市が日本一の市場取扱量を誇っています。
一般的には「ふぐ」と呼びますが、県内では「ふく」と呼び、「福を呼ぶ魚、ふく」を定着させようとしています。
他にも、山口市の秋穂町はクルマエビの養殖発祥の地として有名です。

歴史

成り立ち

かつて大陸文化の窓口の地として栄えた県域には、弥生時代の遺跡が多数残っています。
日本書記の文献に登場する県出身の最初の人物は伊都都比古(いつつひこ)で、当時は大きな勢力を持つ豪族がいたことを示しています。

飛鳥時代には百済復興戦争に敗戦し、国防最前線として朝鮮式の山城(長門の城)が築かれました。
しかし、この城の位置などは現在も明らかになっていません。
奈良時代に入ると、県域には「長門国」「周防国」が設置されました。
長門国の国府は現在の下関市、周防国の国富は防府市に置かれています。
山口は唯一の鋳銭所が置かれていた地域で、奈良時代から平安時代まで貨幣が鋳造されています。
鎌倉時代に入ると、元寇の危機への最前線司令部として長門探題が設置されます。
室町時代は守護大名の大内氏の城下町として栄え、一時は日本最大規模の4万人都市の規模を誇っていました。
当時の繁栄ぶりは西の京都と言われ「西京」と呼ばれることもありました。
1555年から県域に侵攻してきた毛利元就(もうりもとなり)により、2つの国は毛利氏の領国となり、幕末まで毛利氏の支配が続きます。

長門国には萩藩・長府藩・清末藩、周防国には徳山藩・岩国領の5藩が置かれました。
1863年に長州藩の第13代藩主、毛利敬親(もうりたかちか)が現在の山口市に新たな藩庁を築いたことで萩藩は山口藩と改名されました。
1864年からの二年間は、江戸幕府により征伐が起こり、藩内部でも権力闘争が続きます。
最終的には奇兵隊を率いた高杉晋作(たかすぎしんさく)が幕府軍を撃退します。

1871年 の廃藩置県では山口県・岩国県・豊浦県・清末県の4県が置かれました。
その後1889年になり、現在の県域となりました。

歴史的人物ゆかりの地

『松下村塾(しょうかそんじゅく)』萩市

幕末期に吉田松陰(よしだしょういん)主宰した私塾です。
1842年に松陰の叔父が開いたのがはじまりで、1857年に松陰が跡を継ぎます。
身分や階級にとらわれず塾生として受け入れ、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、山田顕義、品川弥二郎など、明治新政府に活躍した多くの逸材を輩出しました。

『旧毛利家本邸(きゅうもうりけほんてい)』 防府市

萩藩の藩主だった毛利氏により、1916年に建てられた邸宅です。
総檜づくりの建築で、庭園は回遊式になっています。
現在は毛利博物館として、毛利氏ゆかりの品々を展示しています。

『香山公園(こうざんこうえん)』 山口市

園内にある香山墓所には、13代藩主毛利敬親(もうり たかちか)夫妻、敬親の養子となった元徳(もとのり)夫妻、孫の元昭(もとあきら)夫妻、さらに毛利本家歴代諸霊の墓があります。

史跡/碑

『萩反射炉(はぎはんしゃろ)』萩市

反射炉跡で、減殺は煙突部の遺構が現存しています。
1856年に鉄製大砲の鋳造に取り組み始め、試験炉が操業されていた記録が残っています。

『大板山たたら製鉄遺跡(おおいたやまたたらせいてついせき)』萩市

江戸時代の製鉄所跡です。
当時は砂鉄を原料に木炭を燃焼させて鉄を製造していました。

『恵美須ヶ鼻造船所跡(えびすがはなぞうせんじょあと)』

かつて長州藩が洋式帆船を建造した造船所跡です。

歴史的建造物

『功山寺(こうざんじ)』下関市

長府毛利家の菩提寺です。
仏殿と釈迦堂は鎌倉字゛位の禅宗様建築の代表的な建造物と言われています。

『住吉神社(すみよしじんじゃ)』 下関市

創建時期は不明ですが、927年の『延喜式』神名帳で記載が残る神社です。
鎌倉時代には、源頼朝(みなもとのよりとも)をはじめとする歴代将軍の寄進を受けています。

『瑠璃光寺(るりこうじ)』山口市

室町時代に、大内氏25代の大内義弘(おおうちよしひろ)が建立したのがはじまりのお寺です。
後に義弘の弟である、26代大内盛見(おおうちもりはる)が建設を開始した五重塔は1442年に完成します。
五重塔は、大内文化の最高傑作と言われる建造物です。

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