和歌山県

  • 2016.4.4

概要

和歌山県は、近畿地方に属し、紀伊半島の西側に位置する県です。
県庁所在地は和歌山市です。
面積は4,724.69km2で、81%が山地が占めています。
県域は「紀北」「紀南」の二つ、もしくは「紀北」「紀中」「紀南」の三つの地域に分けられることが多いです。
人口は約96万人を有しています。
近畿地方では唯一、人口が減少傾向にある県です。

県のシンボルは、花はウメ、木はウバメガシ、鳥はメジロ、魚はマグロです。
県公認のマスコットキャラクターは「きいちゃん」です。
きいちゃんは、和歌山の別称「紀ノ國」「紀伊国」「紀州犬」の頭文字の「き」をとって命名された紀州犬のキャラクターです。
胸からお腹には、「和歌山」の頭文字「W」があり、県のPR活動を担っています。

県の産業は、農業、工業、観光業が盛んです。
全国的にも「果樹王国」として知られ、みかんやウメ、はっさく、柿などの果物の生産が盛んです。
みかん、ウメ、はっさく、柿、山椒の生産は日本一を誇ります。
その他にも、スモモ、ネーブル、伊予柑は全国2位、キウィは全国3位です。
県で生産される殆どの果物が全国トップ5にランクインしています。
工業は、県の北部が「阪神工業地帯」に属し、沿岸部を中心に重化学工業の工場が立ち並んでいます。
主に鉄鋼業や石油産業が盛んです。
大規模工場には、新日鉄住金、花王、三菱電機などがあります。
和歌山市、海南市は阪神工業地帯の南端に位置し、出荷額は大きい。
観光業では、県内の白浜、那智勝浦、高野山、熊野三山が代表的です。
日本有数の温泉地でもあり、夏は海水浴、マリンスポーツ、社寺参拝、ハイキングなど、年間を通して多くの観光客が訪れています。

歴史

成り立ち

県域に人が暮らしていたのは、後期旧石器時代からだと考えられています。
令制国時代は、「紀伊国」の大部分に相当します。

江戸時代は、紀州徳川家の領地、紀州藩でした。
附家老として安藤家、新宮に水野家を置き、「木の国」と呼ばれるほど多くの山林地帯が広がっていました。
高野山開基から仏教寺院や熊野三山などの神社信仰が発達しました。
また、紀ノ川沿岸を中心に都市が形成されていきました。
1585年羽柴秀長 ( はしばひでなが )によって和歌山城の築城がはじまりました。
1600年の関ケ原の戦いの後、浅野幸長(あさのよしなが)が和歌山城に入り、その後徳川 頼宣(とくがわよりのぶ)に城主が変わります。
頼宣時代は、紀州徳川家を創立し、土地の開削や新田開発などを進めました。大畑才蔵(おおはたさいぞう)や井沢弥惣兵衛(いざわやそべえ)といった土木、農業技術者が活躍しました。
1716年に紀州藩主であった徳川吉宗が征夷大将軍に就任し、享保の改革を実施します。
1871年の廃藩置県で和歌山県が設置されました。

歴史的人物ゆかりの地

『和歌山城(わかやまじょう)』和歌山市

豊臣秀吉の命により1585年羽柴秀長 ( はしばひでなが )によって築城が開始されたお城です。
後に徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城となりました。
和歌山城の石垣には、紀州特産の青石(緑泥片岩)が多く使われています。
大正時代には、場内に「和歌山公園動物園」が開園されました。

『耐久社(たいきゅうしゃ)』有田郡

江戸時代の剣術と漢学を学ぶ私塾として創建されたのがはじまりで、現在は耐久中学校となっています。
創立社は、当時の実業家であり、政治家の濱口 梧陵(はまぐち ごりょう)
をはじめとする数名です。

『宗祇屋敷跡 (そうぎやしきあと)』有田郡

日本の伝統的な詩形である連歌(れんが)で有名な宗祇(そうぎ)生誕の地です。
宗祇は30歳のころから宗砌、専順、心敬に連歌を学び、東常縁に古今伝授を授けられた人です。
現在は小さな古井戸や石碑などが残っています。

史跡/碑

『熊野古道(くまのこどう)』

神仏習合の聖地「熊野三山」を巡礼するために開かれた参詣道で世界遺産に登録されたことで、国内外に知られた観光地です。
中辺路、小辺路、大辺路、紀伊路、伊勢路の5つの総称です。
中辺路の道中には熊野の御子神をお祀りした王子跡が点在しています。

『友ヶ島(ともがしま)』和歌山市

大阪湾の入口を防衛するため、明治時代から砲台などの軍事施設が築かれていた島で、当時のまま遺構が残っています。
5つの砲台跡やレンガ造りの建物が残り、島を歩くとタイムスリップした気分が味わえます。
現在は無人島ですが、船の往来があり観光できます。

歴史的建造物

『熊野本宮大社』

全国3000社ある熊野神社の総本宮の神社で、上四社、中四社、下四社の三社からなり熊野三所権現と言われています。
社殿は615年の創建だと言われています。

『長保寺(ちょうほうじ)』海南市

1000年に一条天皇の命により慈覚大師・円仁の弟子が創建されたと言われるお寺です。
本堂・塔・大門が揃って国宝に指定されています。

『金剛三昧院(こんごうさんまいいん)』伊都郡

1211年に北条政子の発願により源頼朝菩提のために創建されたお寺です。
高野山の玄関口に建ち、弘法大師空海が開いた多くの堂塔があります。
また徳川家康、秀忠をまつる東照宮でもあります。

『金剛峯寺(こんごうぶじ)』伊都郡

平安時代のはじめに弘法大師によって、開かれた日本仏教の聖地であり、高野山真言宗総本山のお寺です。
東西60m、南北約70mの主殿(本坊)をはじめとした様々な建物を備え境内総坪数48,295坪の広大さと優雅さを有しています。
弘法大師入定信仰の山として知られ、多くの参拝者が訪れています。

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