栃木県

  • 2017.5.1

概要

栃木県は、関東地方の北部に位置する県で、県庁所在地は宇都宮市です。
人口は約198万人を有し全国18位、人口の約3割弱が、県庁所在地である宇都宮市に集中しています。
面積は6,408.09km2で、海に面さない内陸県です。

県の北部、西部には奥羽山脈、日光連山、足尾山地などの山岳が連なっています。
また、山から流れる水が鬼怒川、那珂川、渡良瀬川等の河川を流れ、関東平野の北部を形成しています。
県の北には、那須野が原が広がっています。

栃木県のシンボルは花がヤシオツツジ、木はトチノキ、鳥はオオルリ、獣はニホンカモシカです。
かつて栃木県と宇都宮県に分かれていた2つの県が合併し、現在の県が誕生した6月15日が県民の日に指定されています。
県公認のマスコットキャラクターは「とちまるくん」です。
とちまるくんは、県庁前のトチノキから生まれた男の子で、栃木の観光PRを担っています。

県の産業は、農業、工業、商業、観光業がバランスよく、それぞれ盛んにおこなわれています。
平野部では米や麦、那須高原などの高原部では酪農や畜産、果物の栽培がおこなわれています。
麻布用の大麻、かんぴょう、イチゴの生産量は日本一を誇り、かんぴょうは全国99%のシェアを占めているほどです。
果物の梨は芳賀なしなどの和なしの栽培が盛んで、全国6位の生産量です。
他にも、大田原牛(とちぎ牛)や鱒の養殖も行われています。
県内を走る東北自動車道、北関東自動車道路の周辺は「北関東工業地帯」「関東内陸工業地帯」が広がり、日産自動車、本田技研工業をはじめ、その関連会社や精密機械工業の工場が立ち並んでいます。
工場地帯は、第二次世界大戦が行われた昭和初期には、軍需産業工場が集積していました。
県の中心である宇都宮市は、小売り業、卸売業などの商業が盛んです。

観光資源が豊富で、御用邸があるリゾート地の那須高原は、広大な森と川、そして自然のままの野生動物を見ることが出来る観光スポットです。
栃木を代表する観光スポットには、日光市にある中禅寺湖、華厳の滝の他、世界遺産に登録されている日光東照宮をはじめとする二荒山神社、輪王寺など、全国的に知名度の高い観光スポットがあります。
温泉も有名で、鬼怒川温泉は県を代表する温泉観光地です。
県内では、日光、鬼怒川、那須、塩原地域で観光が盛んで、国内外から多くの観光客が訪れています。

歴史

成り立ち

栃木県は、7世紀後半には「下野国」として、現在の県域が形成されていました。
戦国時代に入り、江戸に徳川幕府が開かれた徳川家康の時代には、県内の豪族は県外に出ていき、変わりに県域は徳川家の初代大名や旗本の支配下におかれました。
幕藩体制では、10藩(宇都宮藩、壬生藩、烏山藩、黒羽藩、大田原藩、佐野藩、足利藩、吹上藩、高徳藩、喜連川藩)に分けられ、交代寄合の4つの陣屋(佐久山陣屋、芦野陣屋、福原陣屋)による領内統治が行われました。
当時の栃木県は、江戸から奥州に向かう結節点に位置し、奥州街道、壬生通、脇往環や河川交通網、宿場町が整備されました。
中でも、現在の日光市は幕府の聖地とされ、東照宮を代表とする特別な建物が建築され、保護された土地です。
その後時を経て、1873年に栃木県が成立しました。

歴史的人物ゆかりの地

『東照宮(とうしょうぐう)』日光市

国内外から観光客が訪れる、栃木県を代表する建造物の一つである東照宮は、1617年に徳川初代将軍徳川家康公を祀った神社です。
「日光東照宮」と呼ばれることがあります。
徳川家康公は江戸時代260年間にわたって幕藩体制を確立し、日本の発展に多大な貢献をされた人物です。
現在ある社殿群は、1636年に建て替えられたものがほとんどです。
造営の総責任者には秋元但馬守泰朝(あきもとたじまのかみやすとも)氏、
大工の総責任者には大棟梁甲良豊後宗広(こうらぶんごむねひろ)氏で、一年5か月の工期で完成させたものです。
バランスよく配置された社殿群、自然の地形を生かした階段や参道、多くの彫刻や極採色は信仰、学問、思想の現れだと言われています。
世界文化遺産に指定されています。

『雲巌寺(うんがんじ)】大田原市

水戸黄門で知られる水戸光圀公(みとみつくにこう)、「奥の細道」で知られる俳人松尾芭蕉とゆかりのあるお寺です。
参道沿いには、水戸光圀公が手をついたとされる「お手突きの石があります。
また、松尾芭蕉は1689年に訪れた際に「木啄も 庵は破らず 夏木立」の句を残しています。

史跡/碑

『那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)』大田原市

飛鳥時代の古墳で、日本三大古墳に数えられています。
笠石神社に祀られている石碑で、日本最古の碑と言われています。
碑文を刻まれた石碑の上に笠状の石が載せられています。

『宇都宮家の墓所(うつのみやけのぼしょ)』芳賀郡

鎌倉時代に現在の芳賀郡益子町当たりを支配していた宇都宮城主累代の墓です。
宇都宮家三十三代が埋葬されています。

『釈迦堂殉死の墓及び譜代家臣の墓』日光市

1651年に死亡した徳川3代将軍、徳川家光公の死に際して、殉死した側近5名(堀田正盛、阿部重次、内田正信、三枝守恵、奥山安重)、初代将軍の徳川家康公、2代将軍の徳川家忠に仕えた重臣の墓碑です。

『日光開山勝道上人誕生地』(にっこうかいざんしょうどうしょうにんたんじょうち)真岡市

日光を開山した勝道上人が生まれた場所です。
幼きころより仏道を信じ、出家した人物です。
33歳のとき、日光開山を志し、あらゆる難行苦行の末、男体山の山頂を極めたと言われています。

歴史的建造物

『輪王寺(りんのうじ)』日光市

日光を開山した勝道上人が建造したのがはじまりのお寺です。
輪王寺は15の支院全体の総称で、照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と言われています。
「日光山」と呼ばれることがあります。
世界遺産「日光の社寺」の一つに登録されています。

『日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)』日光市

男体山(2486メートル)を御神体 山として祀られた神社で、強力なパワースポットとして有名です。
日光東照宮より古く建造され、日光最古の神社と言われています。
世界遺産「日光の社寺」の一つに登録されています。

『鑁阿寺(ばんなじ)』足利市

1196年に、足利義兼(あしかがよしかね)が邸内に持仏堂(じぶつどう)を建てたのがはじまりのお寺で、足利一門の氏寺です。


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