宮崎県

  • 2016.5.4

概要

宮崎県は九州南東部に位置する県で県庁所在地は宮崎市です。
県の北部には、熊本の阿蘇火山活動で噴出した溶岩流を長い年月をかけて侵食して出来たパワースポット、高千穂峡があります。
南部には青島につながる海岸線、西部には韓国岳、新燃岳、高千穂峰などの霧島連山がそびえています。
中部には宮崎平野が広がり、県庁所在地の宮崎市があります。
面積は7,735.31km2、人口は約111万人を有します。

県のシンボルは花はヤマユウ、木はフェニックス、ヤマザクラ、オビスギ、鳥はコシジロヤマドリです。
県公認のマスコットキャラクターは「3匹のみやざき犬 ひぃ、むぅ、かぁ」です。
「ひぃ」は県特産の日向夏、「むぅ」は県の木のフェニックス、「かぁ」は郷土料理の地鶏の被りものをした犬です。
みやざき犬として、宮崎応援団を結成し、県のPR活動を担っています。

宮崎は、国内有数の農業県として知られ、農業産出額は毎年全国トップ10にランクインしています。お米をはじめ、野菜、果物、葉タバコ、サツマイモなどを栽培しています。
果物の中には「太陽のタマゴ」というブランドで全国的に知られているマンゴーがあります。
大根の作付け面積は日本3位で、秋と冬の生産量は日本一を誇ります。
また切干大根、日向夏、シイタケなど生産高は全国二位です。
他にも栽培される野菜や果物は全国二位にランクインするものが多くあります。
農業、畜産業は近年急速に伸び、全国的な知名度も高まりました。
これは、2007年に就任した東国原英夫知事のメディアへの露出が大きなきっかけとなっています。

漁業では、沖合、遠洋漁業が盛んで、カツオの一本釣り、まぐろはえ縄漁、うるめいわしは日本一の漁獲量を誇ります。
また、ウナギの養殖にも力を入れています。
林業も国産建築資材の供給県の一つに数えられています。

その他の産業は、焼酎、木工家具、ワイン、乳製品などの農産品加工業、医療機器産業、化学工業などが盛んです。
医療機器産業においては、「東九州地域医療産業拠点構想」を発表し、積極的に取り組んでいます。
また、宮崎は旭化成の発祥の地であり、現在も県域には関連企業が多く立ち並んでいます。

歴史

成り立ち

律令国時代には、「日向国」に相応します。
日向国は宮崎県全域と鹿児島県の本土地域を領域としていました。

県内に人が暮らしはじめたのは、中期旧石器時代と考えられています。
1185年に大宰府大監の平季基(たいらのすえもと)が、日向国の島津院を開拓し、関白(公家の最高位)藤原頼通 (ふじわらのよりみち)に寄進し、藤原家に仕えていた下司に島津壮を任されたのが島津忠久です。
これが島津氏のはじまりです。
その後1197年、島津氏は日向の初代守護職、島津荘の地頭職を兼任します。
その後島津忠久が1203年の比企能員の変にて地頭職を剥奪され、日向島津荘の地頭職は、北条氏赤橋家に渡ります。
南北朝時代には、幾度となく九州に影響を伸ばそうとする勢力が現れますが島津氏に敗れ日向国の守護職は島津氏が世襲していくようになります。
室町時代には北部は土持氏、中央部は伊東氏、南西部は北原氏、南東部は豊州島津氏、北郷氏、新納氏が領主となり、すべて島津一族で固められました。
1587年、豊臣秀吉が九州征伐を行い、島津氏は降伏します。同時に、日向国は功のあった大名に分知されます。
しかし、江戸時代には大きな大名が置かれることはなく、県域は天領と小藩に分割されました。
延岡藩、高鍋藩、佐土原藩、飫肥藩、薩摩藩(大隅国)、人吉藩(肥後国)がありました。
1871年の廃藩置県では、延岡県、高鍋県、佐土原県、飫肥県、人吉県が成立します。また、一部地域は鹿児島県の領域となりす。その後、1883年、ほぼ現在の県域として宮崎県が成立しました。

歴史的人物ゆかりの地

『都城島津邸(みやこのじょうしまづてい)』都城市

薩摩藩主として有名な島津家発祥の地です。
都城島津邸は、平安時代に島津壮があつた場所で、この地頭に島津氏を任命したことをきっかけに、島津忠久を名乗り島津家初代となりました。
建物は1879年に邸宅として建てられた後、なんどか改築が行われています。
1972年には昭和天皇が宿泊されています。

『安井息軒旧宅(やすいそっけんきゅうたく)』 宮崎市

江戸時代の儒学者、安井息軒の旧宅です。
息軒の残した有名な言葉「一日の計は朝にあり。一年の計は春にあり。一生の計は少壮の時にあり。」とあり、現代にも伝わっています。
近くには資料を展示する歴史観があり、無料で観覧することができます。

史跡/碑

『西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)』 西都市

男狭穂塚(帆立貝形古墳では日本最大)、女狭穂塚(九州地方では最大)、姫塚、鬼の窟古墳などの古墳からなる日本最大級の古墳群です。
現在は宮崎県立西都原考古博物館が併設されていて、無料で観覧することが出来るようになっています。

『佐土原城(さどわらじょう』宮崎市

14世紀に田島休助によって田島城(たじまじょう)として建てられたのがはじまりのお城です。
その後何度となく焼失、改築、城主が変更がありましたが、江戸時代には島津氏の居城だったお城です。
現在は、場内に資料館があります。

歴史的建造物

『妙国寺庭園(みょうこくじていえん)』日向氏

妙国寺の境内にある日本庭園です。
造園時期は不明ですが、中世以来の技法が見られ、典型的な仏説庭園です。
古来より信徒教化に利用されてきた可能性が高く、貴重な建造物の一つです。

『飫肥城下町(おびじょうかまち) 』日南市

江戸時代、伊東藩5万1千余石の城下町として栄えた街並みが多く残されている地域で「九州の小京都」と言われています。
石垣・石段・堀跡・白い土塀で囲まれた武家屋敷の他、修復された藩校振徳堂・伊東家ゆかりの品を展示する歴史資料館などもあります。
重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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