沖縄県

  • 2016.5.4

概要

沖縄県は、国内最西端に位置する県で、県庁所在地は那覇市です。
県域は、東シナ海と太平洋(フィリピン海)上に浮かぶ363の島からなる県で那覇市がある島は「沖縄本島」です。

かつては琉球王国であり、第二次世界大戦後はアメリカ占領統治したに置かれていた県で、その歴史的な背景から、他県とは異なる文化が発達した県です。

面積は2,281.12km2、人口は約143万人を有しています。
沖縄本島中部に位置する那覇市、南部の沖縄市に人口が集中し、面積の5分の一の地域に110万人以上が居住しています。
そのため人口密度が高く、全国で9位となっています。

県のシンボルは、花はデイゴ、木はリュウキュウマツ、鳥はノグチゲラ、魚はタカサゴです。
県民の日ではなく、本土復帰記念日として5月15日、慰霊の日として6月23日が設定されています。
県公認のマスコットキャラクターは「花笠マハエ」です。
花笠マハエは、県のPR活動に努めています。

産業は、85.5%を第三次産業が占め、観光業が大きな割合を占めています。
県内総生産、一人当たり県民所得は、高知県に次いで全国2位の低さです。
また、失業率が日本一高いことでも知られています。
観光業以外には、目立った産業が発達していない県内では、県域にある米軍基地の経済に依存している側面があります。
約9千人の県民が米軍関連施設に勤務し、県内では県庁に次ぐ就職先となっています。

農業は、日本で唯一となる熱帯・亜熱帯気候である環境を生かした果物や野菜の農作物が栽培されています。
マンゴー、アセロラ、パイン、ドラゴンフルーツの他、サトウキビ、ゴーヤなどは沖縄の特産物です。
また、沿岸部ではマグロやブリ、クルマエビの養殖が盛んです。

工業では、近年のバイオエネルギーでサトウキビを原料とするエネルギーに注目が集まり、発展が期待されています。

県内には年間約570万人の観光客が訪れています。
独自に発展してきた伝統や歴史、自然を生かした観光が人気です。
また、2000年に開催された主要国首脳会議をきっかけに、国際会議、コンベンションなどのイベント開催地としての体制づくりを強化しています。

歴史

成り立ち

1429年、 尚巴志王(しょう はしおう)によって琉球王国が成立します。
1500年には八重山諸島を征服、1522年には与那国島を征服し王府の支配下に置き領土を広げていきます。
琉球王国は「海洋国家」として発展し、中国、東南アジア、朝鮮半島、日本などの周辺国と交易を行っていきました。
1609年、薩摩藩によって侵攻され、琉球王国は薩摩藩の付庸国となります。
薩摩藩への貢納を義務付けられ、江戸上りで江戸幕府に使節を派遣します。
薩摩藩の支配下に置かれても諸外国との交易は続き、独自の琉球文化を形成していきます。
1872年、琉球処分により琉球王国が琉球藩となります。
1879年、明治維新により琉球王朝は、最後の王である尚泰(しょうたい)の代で王国に幕を閉じ、琉球藩は「沖縄県」となります。
1945年第二次世界大戦では沖縄戦が展開され、本島南部を中心に住民に多数の犠牲者が出ます。
また、米国海軍軍政府布告1号により米軍占領地域で順次日本政府の統治から切り離され県民はアメリカの統治下に映りました。
1946年、米軍は沖縄民政府を発足
1946年(昭和21年)1月GHQ覚書により連合国よりアメリカ軍政へ移管。
1946年(昭和21年)4月米軍は沖縄民政府を発足させ、沖縄諮詢会で互選された志喜屋 孝信(しきやこうしん)を知事に任命します。
1952年、日本と米国の平和条約が発足し、それから20年後の1972年、県域は日本国に復帰しました。

歴史的人物ゆかりの地

『今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう)』国頭郡

13世紀頃に築城されたとされる琉球王国成立以前の国王、北山王の居城だったお城です。
1416年に北山は滅びますが、その後も統治の要所として使われました。

『首里城跡(しゅりじょうあと)』那覇市

琉球王朝の尚 巴志王(しょう はしおう)の城で、沖縄県内最大規模の城跡です。
14世紀ごろの建築だと推測されています。
琉球王朝が発足してからは、王家の居住として使われていました。
現在は多くの人が訪れる人気の観光スポットになっています。

史跡/碑

『フルスト原遺跡(フルストばるいせき)』石垣市

石垣島を拠点に活躍した豪族、遠弥計赤蜂(オヤケアカハチ)の居城跡です。
敷地内には、屋敷囲いの石垣や、古墓、御嶽などがあり、14世紀後半から16世紀前半までの土器や陶磁器などが出土しています。

『座喜味城跡(ざきみじょうあと)』

1420年前後に琉球王国の按司(あじ、王子の次の位)、護佐丸(ごさまる)が築城したと言われている城跡です。
城門は楔石によるアーチ門となっています。
現在は場内で演劇が行われるなど、市民に多く利用されています。

歴史的建造物

『園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)』那覇市

1519年に創建された琉球王国国家の聖地だった場所てず。
国王が各地巡航の前に必ず礼拝したと言われています。

『玉陵(たまうどぅん)』那覇市

琉球王国の第二尚氏(だいにしょうし)王統の歴代国王が葬られている陵墓です。
第3代尚真王(しょうしんおう)が父、尚円王(しょうえんおう)を葬るために建築したと言われています。
玉陵は中室、東室、西室の3つの建築物に分かれています。

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