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茨城県

概要

茨城県は関東地方の北部に位置する県で、県庁所在地は水戸市です。
人口は約300万人で都道府県別人口数では全国11位で、日本の総人口の約2.3%を占めています。
1902年当時は、関東地方の中では、東京都に次ぐ人口の多さを誇っていました。
現在も政令指定都市を持たない県としては、最も人口が多い県となります。
県の面積は6,097.06km2で、全国24位です。
県内には32の市、7つの群、市町村数が44あります。

東側は太平洋に面し、八溝山地がある緑豊かな地域を形成しています。
県内は関東平野、常陸大地にあり、市街地は平野部に広がっています。
日本百名山に数えられる筑波山の他に、筑波連山、八溝山地、阿武隈山地などの山々が聳えています。
日本三名瀑に数えられる袋田の滝は全国的に有名な景勝地です。

国郡里制時代に置かれた茨城郡の名前が、県名になったといわれています。

茨城県のシンボルは、花がバラ、木は梅、鳥はヒバリです。
シンボルの木である梅は、茨城を代表する観光スポット偕楽園が有名です。
偕楽園には約100品種3,000本もの梅が植えられていて、毎年「水戸の梅まつり」が開催されています。
県公認のマスコットキャラクターは「ハッスル黄門」です。
ハッスル黄門は、抜群の知名度を誇る水戸黄門をモデルにしたマスコットキャラクターで、茨城のイメージアップのために活動しています。
明治維新後に進められた「廃藩置県」によって1871年(明治4年)の11月13日に、はじめて「茨城県」となり、毎年11月13日は県民の日に指定されています。
県の産業は、北部に位置する日立市、ひたちなか市は工業化が進み、東部の鹿嶋市、神栖市は鹿島臨海工業地帯、西部は農業、南部は筑波研究学園都市地域となっています。
小美玉市に茨城空港が開港し、筑波には東京の首都圏とつながる「つくばエクスプレス」が整備され、東京都特別区のベットタウンとしても注目されている地域です。
北部の日立市、ひたちなか市には、日立グループの企業が多くあり、鹿嶋市・神栖市の鹿島臨海工業地帯には鉄鋼や石油化学の企業が置かれています。
また、県内には大手製造業の研究拠点が多く存在しています。

茨城県は日本屈指の農業地帯で、2010年度では北海道に次ぐ全国第二位の農業産出国です。
中でも、メロンの生産量は全国一位を誇っています。

歴史

成り立ち

茨城県の地域は、かつての常陸国と下総国の北部にあたります。
幕末の時代には、水戸藩他14藩の諸大名の飛び地であり、幕領・旗本領などが錯綜していた場所です。
茨城県と言えばテレビドラマで放送された「水戸黄門」の温厚なご隠居様のイメージが強いですが、幕末の時期の水戸藩士は怖い藩士集団だったといわれています。
幕末の井伊直弼(いいなおすけ)暗殺事件となって桜田門外の変をはじめ、水戸藩士が起こした事件は、大きく取り上げられました。
当時より「水戸学」という独自の愛国主義思想があり、それが独特の思想となって受け継がれたといわれています。

1868年には倒幕後の明治維新によって、旧幕領・旗本領は新政府の直轄地に組み入れられました。
三上藩士だった粥川満明氏が常陸知県事となり、肥後藩士だった佐々府貞之丞氏が下総知県事に就任します。
翌年1869年には下総知県事の管轄地が葛飾県、常陸知県事の管轄地が若森県になりました。
その後の廃藩置県を経て、茨城県が成立ました。

歴史的人物ゆかりの地

『偕楽園(かいらくえん)』水戸市

全国的に知名度の高い偕楽園は、1842年、当時の水戸藩第9代藩主であった徳川斉昭(とくがわなりあき)公により、領地内に住む人々(領民)の休養所として開園されました。
石川県金沢市の兼六園、岡山県岡山市の後楽園とともに「日本三大名園」に数えられる偕楽園は、およそ300haの面積(東京ドーム64個分)もあり、その広さは都市公園としてはアメリカのニューヨーク州にあるセントラルパークに続く世界第二位を誇っています。
江戸時代天保13年(1842年)7月、
徳川斉昭公が設計したといわれる「好文亭」をはじめ、梅や桜、つつじなど、一年を通して美しい景観が楽しめます。

『常磐神社(ときわじんじゃ)』水戸市

全国的に知名度の高い水戸黄門こと徳川光圀(とくがわみつくに)公が祀られている神社です。
光圀公だけでなく、水戸藩第9第藩主で、偕楽園を作った徳川斉昭(とくがわなりあき)公も祀られています。
常盤神社の名前は、明治天皇の勅旨をもって賜りました。

『徳川ミュージアム分館 西山荘』 常陸太田市

水戸黄門こと、水戸藩第2代藩主であった徳川光圀(とくがわみつくに)公が1961~1700年の晩年を過ごした場所です。
茅葺屋根の木造平屋建で、書斎からは築山と心字の池が眺められます。

『弘道館(こうどうかん)』水戸市

水戸藩第9代藩主であった徳川斉昭(とくがわなりあき)公により、1841年に創設した藩校で、現在は弘道館公園として整備されています。
弘道館は「教育によって心を安定させ、教育を基盤として国を興す」という建学の精神の下、文武の教育機関でした。

史跡/碑

『那珂湊反射炉跡(なかみなとはんしゃろあと)』ひたちなか市

水戸藩第9代藩主であった徳川斉昭(とくがわなりあき)公が藩主を務めていた幕末では、県内の那珂湊(なかみなと)沖合には異国船が出没するようになっていました。
そこで、国防のために造られたのが那珂湊反射炉で、二十数門の大砲が鋳造されたといわれています。
当時建造された反射炉は1864年に破壊されてしまいましたが、昭和初期に復元されました。

『六角堂(ろっかくどう)』北茨城市

日本美術院を創設し近代日本の美術史学研究の開拓者である岡倉天心が1905年、自らの居宅から1段下った断崖に建設した六角形の建築物です。
太平洋に突き出た岩上にたっています。
岡倉天心自身は観瀾亭(かんらんてい)と呼んでいたと言われています。

『横利根閘門(よことねこうもん)』稲敷市

茨城県稲敷市と千葉県香取市の県境付近に位置する横利根川にある閘門で、1900~1921年にかけて建設されました。

歴史的建造物

『穂積家住宅(ほづみけじゅうたく)』高萩市

18世紀半ばの豪農の住宅跡です。
敷地内には主屋、長屋門、前蔵、衣装蔵、庭園があり、当時の繁栄ぶりが伺えます。

『シャトーカミヤ旧醸造場施設』牛久市

東京都台東区の浅草にある「神谷バー」の経営者として知られる実業家、神谷傳兵衛(かみや でんべえ)建設したワイン醸造場で、日本のワイン発祥の地の一つと言われています。
施設内には「神谷傳兵衛記念館」やレストランなどがあり、ここで作られたワインやビールを楽しめます。

『猿島坂東三十三観音霊場』(さしまばんどうさんじゅうさんかんのんれいじょう)

栃木県都賀郡に生まれた雄弁上人(おうべんしょうにん)」によって享保10年(1725)に創始された霊場です。
霊場は 主に利根川の西に位置する猿島郡境町,古河市,坂東市の他、栃木県に点在する三十三札所です。

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